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2007年9月

もうすぐ民営化

連日新総裁の組閣関連の記事が紙上を埋めている。朝からTVでも同様に出演者からコメントが飛び交っていて、日本中がこの難局をどう乗り切るか期待と不安をもって成り行きを見守っている。

そんな中、ここ数週間新聞に連日取り上げられている記事が毎日気になっている。「民営化の賛否を国民に問う」として衆議院を解散、総選挙で圧勝し可決・成立された郵政民営化関連法についての記事である。

郵便局の事業主体は、1949年逓信省から分離設置された郵政省が管轄、2001年中央省庁再編により総務省の外局として置かれた郵政事業庁に移行、その後の2003年には日本郵政公社が郵便事業を実施する国営の公社として発足した。

そして2007年10月には、郵政民営化法により郵政公社を機能別に分社化し、その中の郵便事業は郵便局株式会社に引き継がれる。

そういえば、やはり数週間前に郵便局から総合案内が届いていたのを思い出した。ここまで文章を書いてみて、初めて見開きの日本郵政株式会社の組織図が理解できるのも情けない話である。

これまで分類されていた普通郵便局・特定郵便局・簡易郵便局のうち、簡易郵便局 (郵政公社が公共団体や共同組合、個人などに業務を委託している郵便局) 以外は全廃され、民営化によってその業務内容や設置基準が大幅に変わる。

紙面には、この簡易郵便局について民営化にむけての現状が毎日のように報告されている。今日も過疎地で幅広くおこなわれてきた、郵便配達員が貯金や簡易保険の外回り営業を兼務する「総合担務」についての話が載っていた。また前々日には、集配局の再編によって、簡易局の4分の1が営業を停止しているという実態も掲載されていた。

地方の利用者は明らかに不便を強いられることになる。これが民営化ということだろうか?

名古屋の小劇場で郵政民営化を題材にした演劇が上演されることを知った。民営化に揺れ動く郵便局員の姿を描くことで、働くことの意味や郵便のあり方を問いかける作品という。

民営化決定直後に、たまたま地元の郵便局長さんと話をする機会があった。「あなたたち一人一人がこの民営化を決めたのです。今後も、50円で葉書一枚が日本中へ届けられると思いますか?」 その言葉が今あらためてよみがえってくる。

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The Hair Show

hair show なるものを始めて観た。 Resize0162_2

席に着くと、以前にも同じ会場でマリンバの演奏会を聴いた記憶がよみがえってきた。子供から大人まで実に軽やかにコミカルに演奏している姿を観ていて、幼少の頃の学芸会の自分の姿を重ねて見ていたように記憶している。

hair show では、舞台の上でスタイリストがモデルの髪をカットし、スタイリングをする。店のコンセプトやスタイリストのプロフィール等がBGMとともに映像で紹介され、小道具やライティングでその表情にいろんな色をつけている。

そして、モデルはすでに衣装を身に着けているいるので、仕上がったところで舞台上をアピールしながらかっ歩する。

通常は美容室で行われている、あまり人に見せない行為をこういった舞台の上でショーとして観客に見せる訳で、最初はなんとなく違和感を覚えずにはいられなかった。

が、慣れてくると、ここはどうしてこうなんだろう?とか、この場面はこういう構成の方が良いのに・・・とか、大きなお世話を言いたくなってくる。悪い癖だ。

Resize0163_3 参考にHPで hair show で検索すると、美容室のshowはもとより、美容学校の学生さんのものから、イベントの一環のもの等々その数の多さに驚かされた。業界事情を知らないとはこういうことかと、実感した。

そういえばもう数年前から百貨店の1フロアはコスメ一色に変貌している。美への追求はとどまるところを知らないらしい・・・。

90歳を超えてなお美容師として現役でご活躍の、NHK連続テレビ小説「あぐり」の主人公―吉岡あぐりさん―の生き方に感銘を受けたのは私だけではなかったと思う。インタビューで、美容師という職業を選択した理由を尋ねられた彼女の答えがとても印象的だった。

― 私、おしゃれが好きだったのよ。自分がきれいになりたくてね。―

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原作は・・・?

Resize0161 最近、いや多分もうずっと前からでしょうか、月9(月曜日の夜9時のTV番組)をはじめドラマの原作がコミックということにずっと疑問を持っていました。

タイムリーに今朝のTVで、またもや今秋から「有閑倶楽部」がドラマ化されるということで、キャスティングが発表されました。「有閑倶楽部」といえば、少女漫画界の女帝ともいわれる漫画家の作品で、この作品を世に送り出したのは今から26年も前のことだといいます。

ドラマの原作といえば当然のように「小説」と思い込んでいたのは随分前の事で、今は漫画原作が当たり前のご時世のようです。いろいろなコメントを読んでいると、そもそも小説原作が本筋と思い込んでいたのもおかしな話で、オリジナルでは無いという点では同じだという意見がありました。つまり、かつては普通にいた優秀な脚本家がいなくなったということでしょうか?

個人的に漫画原作のドラマでもっとも記憶に残っているのは、「東京ラブストーリー」だったような気がしますが、この頃に同じ原作者の作品のドラマ化はなんと9作品にも及んだそうです。いわゆるトレンディドラマと呼ばれていたゲーム感覚の恋愛を描いたものに対し、若者の恋愛を現実的に内面から描いたこのドラマは、バブル崩壊後の時代に大変ヒットしたそうです。

ともかく、それ以降漫画原作のドラマは急速に伸び、コンスタントに視聴率をキープし、今では小説原作の番組を探すことが困難になるほどの状況になっています。

活字離れと言われはじめてから久しいですが、我々の世代も年齢的な要因を含め、確かに文字を追うことが困難になりつつあります。周囲の子供たちを見ていても、放送されるドラマと原作漫画との比較で話が盛り上がって、非常にシビアな意見が飛び交っていたりします。

政界一の漫画オタクで知られる、わが国の総裁候補も漫画に対して大いなる関心を持ち、外相時代には「国際漫画賞」を創設したエピソードもあります。世界的にも高い評価を得、今やあらゆる年齢層に受け入れられている漫画原作の流れはどこまで続くのでしょう?

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今年は晴れ!

Resize0156 以前、母校の百周年行事に実行委員として参加した折に、地域の歴史について調べる機会がありました。

―生まれ育った町「日進」は、総数一千基を超えると推定される猿投窯(古窯跡群)に位置し、区画整理事業にともなう発掘調査により、平安時代初期の典型的な古窯(香久山古窯)が確認され、文化財として保存されています。当時は日本最大の窯業地で、ここで作られた高級な製品は全国へ供給され、後にその技術・伝統は瀬戸や常滑へと受け継がれました。―

その焼き物の町「瀬戸」の歴史を再確認しながら、毎年9月の第2週の土・日曜日に開催される「せともの祭り」に、初めて足を運びました。なぜかって・・・?実は長い間親しんだマグカップを割ってしまって、気に入ったものが見つからなかったという単純な理由なんですが・・・。

昭和7年に始まったせともの祭りは、窯神神社に祀られている磁祖加藤民吉翁の命日(16日)に実施していましたが、現在は前述の土・日曜日に行われていて、毎年瀬戸川沿いに廉売店が並び、多くの人で賑わいます。

Resize0157_2 陶器で成り立っていた瀬戸の町に、九州から磁器製法を持ち帰リ、その発展に尽力したという 加藤民吉翁 にまつわる昔話を今回初めて知り、検索欄によくある“せともの祭りと雨”の謎が納得できました。

今年の人出は目標の50万人に届かなかったそうですが、廉売市を回っていて気づく事は黄瀬戸・織部・志野などの釉薬を使った伝統的な作品に加えて、若い工芸家の方の新しいスタイルの作品も多く、愛好者を含めて我々訪れる者を楽しませてくれます。

ギャラリー等で一点ずつじっくり観るのも楽しいですが、一箇所で約200店舗もの廉売店を観て歩くのもなかなか面白いものです。何か理由を見つけて来年もまた行こう!とひそかに思いながら、購入したばかりのお気に入りマグカップで珈琲を味わっています。

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「真実」

今朝TVで、某有名弁護士に対して、死刑廃止論者として知られる弁護士を含む弁護団から損害賠償を求められている事を知った。

その内容をおおよそ理解するのに少々時間がかかった。光市の事件―現在、最高裁が高裁の求刑(無期懲役判決)を破棄し、審理を差し戻している―の差し戻し審公判での弁護側主張に対し、某弁護士がTVで懲戒請求を求める発言をした。

この行為が営業妨害にあたるとして、弁護団(内4名)から1200万円の損害賠償を求められたが、某弁護士は違法性はないということで自ら裁判に臨むという。

この差し戻し審の弁護団の主張は記憶に新しいが、確かに誰が聴いても怒りを通り越してあきれる内容だった。ネット等でも同様の意見が殺到していたらしい。

あまり聞きなれないこの弁護士の懲戒請求、調べてみると概要は以下のようにある。

弁護士法や所属弁護士会・日弁連の会則に違反したり、所属弁護士会の秩序・信用を害したり、その他職務の内外を問わず「品位を失うべき非行」があったときに懲戒を受ける。なお、弁護士等に対する懲戒請求は、事件の依頼者や相手方などの関係者に限らず誰でもでき、その弁護士等の所属弁護士会に請求する。

現在この弁護団に対する懲戒請求は全国で3900件に上っているという。法廷で真実を正しく追求してもらいたいと切に望むものである。

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「欠かせないもの」

Resize0155_3 とにかく美味しいんです!

何かって? それは毎日の食卓に決まったように置かれているきくらげの佃煮なんです。新聞誌上でもつい最近紹介されたものと同じ小豆島のもので、ここで作られる島しょうゆで炊き上げられた佃煮を最初に口にした時の衝撃はとても言い表せないものでした。

有難いことに帰省のたびに頂いていた我が家では、当たり前のようにそこに存在する食品でした。その一部を、周囲の方におすそ分けすることもでき、大変喜んでもらったりもしました。正直、お土産屋さんでバラエティに富んだ食材を原料にした佃煮を見ていて、どうしてこんなに美味しいものが全国に出回らないのか、不思議に思ったりしたものです。

もともと島の良質なしょうゆがあればこその佃煮ですが、その歴史は約400年前大阪築城のために採石にきた大名が、調味料として紀州のしょうゆを持参したことから始まったといわれています。

その後、和歌山の湯浅にしょうゆ作りを学び、古来より盛んであった塩田で精製された塩や、海上交通の要所であったことから良質の豆や小麦などの原材料が容易に入手できたこと、また瀬戸内特有の温暖な気候は麹の発酵にも適していたことからしょうゆ造りは発展し、「島しょうゆ」と呼ばれる特産品となりました。

ところが、終戦後の統制化でしょうゆの材料が入手困難な時期に、しょうゆ生産者が芋のつるを島しょうゆで炊いた佃煮を考案。保存や運搬に適した佃煮は出荷された大阪で大歓迎され、この成功によって島を挙げての佃煮づくりが始まったといいます。

現在では日本各地から選りすぐった原材料を揃え、全国有数の産地となり、記事にあったように「食品産業センター」から数少ない「本場の本物」ブランドに認定されました。

まろやかで品の良い甘み・・・一度食べたら忘れられないその味の奥に、長い歴史と努力が結集されていた事実を知り、二十数年間当たり前のように食べていた「佃煮」が我が家の食卓にますます欠かせない一品になりました。是非お勧めしたい逸品です!

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